ロバート・パットナム/デヴィッド・キャンベル『アメリカの恩寵』刊行について

ロバート・パットナム/デヴィッド・キャンベル共著の『アメリカの恩寵』が柏書房より拙訳で2月に刊行されます。リリースが始まり、それはどのような本なのだ、とお考えの向きもいらっしゃるかと思います。いち早くそれを日本語で何回か読んだ(?)私としては、その位置づけなどご案内することも仕事かと感じますので、あとがきよりも少しくだけ専門的になりすぎないように、簡単に解説させていただきます。 ご関心お持ちいただけたら幸いです(なお、随時追記や修正をするかもしれません)。

※関連ポストに、[読解用リンク集] [図表一覧] [正誤表]があります。

はじめに

原題は"American Grace: How Religion Divides and Unites Us"です。2010年に刊行、2年後にペーパーバック版が出ており、その間に行われた調査も含めた増補がなされています。翻訳にはその部分も含んでいます。

本書について端的に言えば、現代のアメリカ宗教と社会に関する本、です。宗教ということになると、それを専門としたり関心お持ちの方以外では、少し方向性が…という場合もあるかもしれません。以下では、著者の一人パットナムの本『孤独なボウリング』『われらの子ども』に関心をお持ちの方、たとえば社会関係資本に関心をお持ちの方にどのような意味があるのか、ということも特に意識して記したいと思います(本書は時間的には、両書の間に出版されました)。なお、本書はアメリカ政治学会のウッドロウ・ウィルソン基金賞を2011年に受賞しています。

著者について

パットナムについてはご存じの方も多いでしょう。キャンベルはパットナムの指導でハーバードで学位を取得した政治学者で、現在ノートルダム大学教授です。なお本書の第1章末では、この二人の宗教的背景も語られます(なかなかそういうパーソナルヒストリーを書籍で見ることは少ないと思います)。パットナムについては『われらの子ども』においてその成長時代の背景も絡めて語られていたわけですが、今回の人物背景も本書、またこれまでの書籍に関わってくる部分があります。

読みどころ1:アメリカ社会と宗教信仰

さて、アメリカは宗教的な国家、とよく語られます。建国のルーツにそれが関係しますし、政教分離が言われる一方で、いろいろな宣誓が聖書に手を置いて行われたりもします。社会改革や運動に宗教が関わることはしばしばで、例えばキング「牧師」や禁酒運動は有名です。長らくアメリカの支配的階級としてWASPと言われてきた最後の文字Pは「プロテスタント」ですし、だからこそカトリック出身の大統領としてケネディが注目を集めました。最近では宗教右派、バイブルベルトなどということも言われています。

本書は、アメリカ社会における宗教信仰の(本書刊行時点での)現状を、豊富なデータ(GSS/NES等に加え、2006-2007-2011年のオリジナルのパネル調査)によって語ります。アメリカでは、いま、何が信じられているのか。改宗はどの程度の頻度で起こるのか。宗教なしという人はどれくらいいるのか。信仰心はどのくらいなのか。世界から見るとどうなのか(日本の位置もわかります)。

結論を言えば、アメリカ人の信仰心の程度は高く、しかし宗教(系統・教派)は、ある程度は多様に共存しています。これは実は、ある種の謎です。この二つは両立しにくいとも考えられるからです。これが本書の軸の一つになります。

本書では、アメリカ人の宗教信仰が、いかに今に至ったのか、1950年代以降現在までに起こった大きな動きの歴史を追います(この三度の「地殻変動」自体が興味深いものです)。そしてアメリカ人にとって宗教(信仰)とはどういうものなのか、それがアメリカ社会や、政治・社会的行動、対人関係にどのような意味を持っているのかを、パットナムのこれまでの作品に負けず劣らずの詳細なデータと分析で解き明かします。なお、図表は理解しやすく表現されていますが、基本的に多変量コントロールずみの結果です(『孤独なボウリング』からそうなのですが)。

#統計関係向け>ゲイリー・キングらのStataマクロを用いて推定モデルから
#シミュレーションを行った結果が、さらにLOESSスムージングなど施して
#表示されています。調査概要やパネル分析の問題なども含め、補遺に解説されます。

読みどころ2:全米の会衆(教会)のルポ

そして本書の大きな魅力の一つが、全米のさまざまな宗教会衆(教会)の内側から、その礼拝の様子、信者や指導者の考えやふるまいを詳細にルポした章が、分析部に前置して3章分入っていることです。読者にとって、アメリカ人がどのように宗教と関わっているのかのナマの様子、またそれぞれに豊かな宗教世界の貴重な経験になると思います。なるべくそれが伝わるように、訳者としては可能な限り誠実に努力したつもりですが、どうしても限界があったことについてはあらかじめお詫びするところです。パットナム『われらの子ども』では、これと同じスタイルの部分が書評等でも評価されていたように思いますが、そこに感じるところがあった方には興味深く読んでいただけると思います。地点選定と具体的な宗教(教派)について、パットナムによる本書関連の講演録で地図化されたものから、その多様性を見て取ることができます。

読みどころ3:社会関係資本(ネットワーク、信頼)等の理解のために

ここまででも、アメリカ社会と宗教信仰をテーマとした総合的な書籍として価値が高いと思いますが、より広範な社会科学書としての価値も大きいと訳者としては感じています。

「社会関係資本」は多くの人の扱う、あるいは批判的に議論するテーマとなっていると思いますが、本書からは、アメリカの「社会関係資本」を正しくそのコンテクストにおいて理解する必要性が感じ取れる気がします。アメリカにおける社会関係資本は、宗教、すなわち人々にとって(社会科学的に見たときには)世界観や価値観、そして社会的ネットワークが束となっている存在抜きには語りにくいのではないか、ということです。

#SC関係向け>社会関係資本論のルーツとして、ジェームズ・コールマンのAJS論文
#取り上げられることは少なくありませんが、そこのデータでもカトリック学校の
#作り出すネットワークが取り扱われていた、ということも思い起こされます。


ひるがえって日本における社会関係資本を理解する上でも、彼我のコンテクストの違いを十分に認識しなければいけないのではないか、と感じられました。また、本書には社会関係資本の議論においてよく取り上げられる信頼/信頼性と信仰心、ファンダメンタリズム的信念、さらには神をどのような存在と捉えているか、などとの関連も詳細に検討されます。信頼関連の概念がこれらの観点からどのように見えてくるのかは、そのメカニズムを考える上で参考になるのではないでしょうか。なお、格差に宗教がどのように意味を持ってきたのか、また自己責任、リバタリアニズム的価値に関する議論も多くありますので、後続の『われらの子ども』へつながっていくように読んでいただける面もあると思います。

社会関係資本でもう一つ鍵となる要素には社会的ネットワークがあります。本書では、主に二つの社会的ネットワークが宗教的観点から取り扱われます。一つは会衆(教会)内で形成される信徒間のネットワーク、そしてもう一つは自らの拡大親族・友人ネットワーク(における宗教的多様性)です。少し正確さを犠牲にして言えば、前者はいわゆる「結束型」、後者は「橋渡し型」にあたる側面があります。これら二つについて、それぞれの機能また帰結が議論されます。これらも、社会的ネットワークに関心をお持ちの方に意味のあるものと思います(なお、必ずしも宗教によらない同様の社会的ネットワークの可能性も議論されています)。

#政治学関係向け>宗教的対人環境の同質性やそのエコーチェンバー化などの議論が
#行われますが、その中では例えば対人的情報環境のハックフェルト&シュプラーグ等も
#リファーされます。

#社会心理学関係向け>他信仰集団に対する偏見(低減)に関して、オルポートや
#ペティグルーなどもリファーした議論が登場します。

終わりに

先ほども書きましたが(またパットナムの手がけた本では本当にそうですが)、なかなかにカバー範囲が広範な作品で、浅学の身として力不足であったことは申し訳なく思います。ただ、社会の多様性や分断化などにも関連して学ぶところの多い本と思いますので、上記のようなポイントで関心を持たれましたら、ぜひお手にとっていただければありがたく存じます。

なお、訳出作業において確認のために参照し、本書理解にも有用と思われるオンライン・リソース等については別記事で示します

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